脳について

カントの認識論・私たちは脳の中を見ている

 

私たちが毎日見ている世界、他の人と同じだと思いますか?

同じ家の中で、家族それぞれが見ている景色、同じだと思いますか?

犬や猫は、どんな景色が見えているのでしょうか?

カントの認識論によると、私たちは、モノ自体を見ているのではなく、

脳の中の映像を見ているのだそうです。

モノを視覚で捉えて、脳の中で自分なりに再構成をした

主観的な映像を見ているというのが、カントの認識論の主張です。

面白いですよね・・。

月は、見るまでは、存在しないんですって・・・

 

カントの認識論・人間は、再構成をした脳の中の映像を見ている

「24色のエッセイ」を刊行しました!

 

上記より一部引用

 

講義で学んだことなのですが、

哲学者カントの認識論によると、私たちは、モノ自体を見ているのではなく、

モノを頭の中で自分なりに再構成した映像を見ているという。

西洋哲学の中ではじめて、人間はモノを見ているのではなく、

自分の脳の中を見ているのだといった哲学者がカントである。

これはカントのコペルニクス的転回と呼ばれる。

 

カントが自分の認識論上の立場を特徴づけた言葉。主観は対象に従いそれを映すとする従来の考え方を逆転させ、対象が主観に従い、主観の先天的な形式によって構成されると主張して、これを天動説に対して、地動説を主張したコペルニクスの立場になぞらえた。

出典:コトバンク コペルニクス転回

 

 

夕焼けを見たとしても、夕焼けの色が好きな人、風景にフォーカスする人、

カフェがあると儲かるのにと見ている人など様々だと思う。

確かに、夕焼けを脳の中で再構成して、自分なりの世界観を創造していることがわかる。

 

左脳を損傷した人は、右脳だけの世界なので、

左脳がない右脳だけの世界は、映像が違うという。

右脳だけの世界は、非常に綺麗でロマンティックな世界だそうだ。

左脳の論理的なものが消えているからなのか。

 

カントの認識論は非常に面白いと思っていて、

確かに、人それぞれの価値観があるというのは、

たとえ、家族で同じ景色を見たとしても、

見ている世界が違うのではないだろうか・・と思うところがある。

人は、自分の脳の中の映像を見ているだけなので、

喧嘩になったり、通じなかったりするのは、

見ている世界が違うからではないだろうか・・

見ている世界が違う・・と思うことができるだけで、

怒りは、消えるのかもしれませんね・・

 

子供と大人の見ている世界が違うように、

男女でも見ている世界は違うはず。

夫婦喧嘩の原因も、きっとこれですね!

 

カントの認識論・モノは、見る前は存在していない

 

カントによると、月は、見るまでは、存在しない・・ようで・・

まさか、、と思いますが、このように思える事例もありますよね・・

例えば、溢れる情報の中で、気がついて初めて知ること・・

こんなこともあったんだ・・というのがありますよね。

知る前、気がつく前は、自分にとって、

全く知らない、存在すらもわからなかったことが、

知ったことで、存在感を現し、その世界に入っていけるようなことが・・

気づきがない、知らないことは、

その人にとって、存在していないに等しいですからね・・

 

例えば、本屋にはたくさんの本があったとしても、

目に入って、本に気がつかなければ、

多くの本があったとしても、その人にとっては、

存在していないとも言えますね・・

 

モノというのも、気づいて、心がそのモノにのってこそ、

きちんと存在している、モノも生きているように存在する・・

このように言えるのかもしれません。

モノにも、心があるのだ・・

これは、量子力学の世界に入っていく内容ですね。

 

 

-脳について

© 2021 記憶と記録 人生をより良くしよう