家族関係

家族の意味とは? 単身赴任の生活費の視点で考えてみる

 

家族の意味とは? こんなことを考えますでしょうか?

一つ屋根の下で一緒に過ごすのが、家族でしょうか?

単身赴任の場合は、どうなるのでしょうか?

 

日本には、単身赴任制度というものがある。

夫が仕事のために一人で働きに出かける制度だ。

出稼ぎといえば、出稼ぎとも言える。

海外赴任とは言葉はかっこいいが、

海外ドサ周りとも言われている。(通称海外ドサ)

 

単身赴任の生活費は?

住居代・光熱費・食費が2倍かかるとも言えるわけです。

 

では、逆単身赴任を知っていますか?

 

さて、夫が日本に残り、子供と妻が

逆単身赴任をしている家族を聞いたことがありますか?

それは、我が家である。

 

家族の意味とは? 4次元の我が家とその秘密

 

離れている家族の関係を4次元と例えてみると・・

4次元(よじげん、四次元)は、次元4であること。次元が4である空間4次元空間と呼ぶ。

なおここでいう空間とは、物理空間に限らない。数学においてはユークリッド空間をはじめとしてベクトル空間多様体など次元を考え得る空間や対象は様々ある(詳細は「次元」および「次元 (数学)」を参照)。

 

端的にいうと、ある集合 S の一点を指定するのに、他の4つの集合から1つずつ元を選ぶ必要があるときに S は4次元だという。4次元ユークリッド空間を物理空間に対する描像から考察すると、次のようになる。2次元)は1次元の対象()をそれと独立な方向に並べたものであり、3次元立体)は2次元の対象(面)を並べてできるものであるから、4次元は3次元の対象(立体)をそれと独立の方向(視覚による知覚はできない)に並べてできると考えられる。4つ目の"方向"として時間軸を取れば、3次元の対象を連続移動するときの軌跡を4次元と考えることができる。

出典: ウィキペディア 4次元

 

 

 

 

4次元の我が家とその秘密

次元というテーマの課題を与えられたので、

我が家を4次元に例えたエッセイを書いてみた。

 

4次元の我が家とその秘密

 

私たちは、3次元の世界に住んでいる。

3次元に1つ空間か時間を足すことで、4次元になる。

我が家は東京とベルリンで家族が離れているので、4次元の家族といえるのかな・・

東京とベルリンは12,000キロ。

日本は、ユーラシア大陸最極東の島国。

日本はアイランドか?と聞かれる。

アイランドか・・・大陸ではないのだと再認識する。

 

主人が東京、息子と私がベルリン在住。

2011年に親子留学で日本を出発してから、11年になる。

先日、ドイツ・E Uの永住権も取得。

3年ぐらいなら離れて住むのもわかるが、

11年も離れて住んでいるのは不思議であると思われることが多い。

 

しかし、私は4次元の感覚を持っているので、

むしろ最先端のチャレンジであると感じている。

スカイプもメールもあるし、どこでもドア感覚で困ったことはない。

むしろ、夫婦離れても子供のために進んでいこう!という

同志のような新しい夫婦関係であるといつもモチベーションが高まる。

 

主人も仕事に専念できるのでベストな環境だそうだ。

多くの方から、主人の毎日の食事とか大丈夫?と思われている。

バナナを常食のゴリラ風食生活、

ご飯にレタスを乗せて(笑)食べているそうだ。

 

50代過ぎからは、多くを食さない方がいいので、ちょうどいい。

車も売ったので、よく歩く生活をしているだろうし、

ダウンサイズをした家を事務所のように使うどころか、

プチゴミ屋敷風かも・・(爆)。

 

我が家が4次元であるというのは、もう1つの理由がある。

主人の時間感覚がスローすぎる。

1年を1ヶ月のように思っている。

つまり、主人にとっては、離れた生活がまだ11ヶ月しか経過していないのだ。

バブル時代のベストヒットU S Aをいまだに楽しみに見ているという、

時代遅れ、今はSpotifyの時代なのに。週末は将棋に没頭。

 

我が家は国境を超えて地球に住んでいると思っている。

家族それぞれの想いは、12,000キロを数秒で行き来できると感じている。

4次元の世界は目には見えないが、

主人は息子と私を気の愛情で包み込み、

私は息子と主人を気の愛情で包み込んでいる構図?

主人が統合幕僚長であり、私が参謀である。

 

最後に我が家の秘密をそっとお伝えしたい。

我が家全員、血液型B型(爆)。

だからこそ、地球が住処と言いのけてしまう変人、

時間感覚の変人であり、普通ではありえないのかもしれない・・

 

家族の意味 大切なことは、物理的次元ではなく、意識の次元である

 

どんなに近くにいても、心が通じ合わない人がいる。

反対に、どんなに離れていようとも、心が通じあえる人がいる。

 

家族の調和のために大切なことは、思いやり、

つまり、大事なことは、物理的次元ではなく、意識の次元である。

 

しかし、家族を物理的次元で縛っていることはないだろうか・・

 

一度、義理の弟さんにこう言われたことがある。

(とても善良な方ですが、習慣、風習でこうなるのでしょう・・)

 

結婚式も来なかったし、父が入院したときも、お見舞いに来なかったですね・・

 

息子がまだ小さいときだったし、時間的にも無理です・・

心で思いましたが、言いませんでしたが・・

 

私の意識ではこう思っていました。

 

物理的には残念ながら、行くことはできませんが、

心は、意識は、結婚のお祝いもしていましたし、

お見舞い同然に寄り添っていました・・

 

それぞれ、人には事情というものがある。

人に無理を言ってはいけないと思う。

相手に任せるべきであると感じる。

 

確かに、物理的次元では、

私は参加していない、お見舞いにも行っていないが、

意識の次元では、相手を思っているのだが、

それは目に見えないのだ・・これをどう判断する??

 

要するに、もっと鷹揚な心でいればいいと思う。

 

人には、いろいろあるのさ・・

できないものは、仕方がないのだ・・

つべこべいう必要はないのだ・・

 

この経験を反面教師にして、私は、人には、責めるような言葉を

言い放つことはしないように・・と思っている。

 

我が家の主人は、このような縛り系の発言は一切しない。

これが非常によいところである。

しかし、これは、主人がマイペースすぎて、

とんでもないことがたくさんありすぎて、

人には言える立場ではないからだと

密かに思っているのですが・・・。

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